【自動車・輸送・物流】EVの進化を支える気泡!住友電工・住友電工ウインテックの「高強度・低誘電率な絶縁電線」
今回ご紹介するのは、令和7年度 近畿地方発明表彰において「大阪発明協会会長賞」を受賞した、住友電気工業株式会社および住友電工ウインテック株式会社の「絶縁電線及び絶縁層形成用ワニス(特許第6306220号)」です。
ハイブリッド車(HEV)や電気自動車(EV)の駆動用モータは、より大きなパワーを出すために高電圧化が進んでいます。しかし、電圧が高くなると電線同士の間で「部分放電」と呼ばれる火花のような放電が起きやすくなり、絶縁被膜が劣化してモータが壊れてしまうという致命的な課題がありました。
本特許は、絶縁層の中に「微細な気泡」を閉じ込めて放電を防ぎつつ、モータ製造時の過酷な折り曲げに耐える「圧倒的な強度」を両立させた、EV時代の心臓部を支える最先端の材料技術です。
【課題】放電を防ぐための「気泡」が、電線を脆くする
インバータ制御による高電圧化で発生する「部分放電」を防ぐには、絶縁層の「誘電率」を下げる(電気を溜め込みにくくする)ことが非常に効果的です。手っ取り早く誘電率を下げるには、絶縁層を分厚くするか、絶縁層の中に空気(誘電率がほぼ1)の泡をたくさん入れる手法が考えられます。
しかし、絶縁層を厚くするとモータのサイズが大きくなり、車の軽量化・小型化に逆行してしまいます。
一方で、絶縁層に気泡をたくさん入れると、スポンジのようにスッカスカになってしまいます。モータの製造工程では、電線を狭い隙間にギュウギュウに押し込んだり、急角度で曲げたりする過酷な加工(巻線加工)が行われます。気泡だらけの脆い被膜では、この加工中に破れたり潰れたりしてしまい、実用に耐えられないという大きなジレンマを抱えていました。
【解決策】気泡を保ちながら「引張強さ60MPa以上」を死守する
住友電工グループは、使用する樹脂(ワニス)の分子構造から徹底的に見直し、「低誘電率」と「高強度」という相反する性質を見事に両立させるレシピを開発しました。
1. 「独立気孔」による誘電率の大幅な低減
本技術では、絶縁層の中に気泡同士が繋がっていない「独立気孔」を均一に形成します(図1)。
特殊な発泡剤や溶剤の揮発を利用して、焼き付けの工程でミクロン単位の微細な気孔を生成させます。これにより、絶縁層の厚みを変えずに全体の誘電率を「2.5以下」にまで劇的に下げることに成功しました。誘電率が下がったことで、部分放電の発生開始電圧(PDIV)が大きく跳ね上がります。
2. 特殊な樹脂配合による「強度の維持」
しかし、単に気泡を入れただけでは強度が落ちてしまいます。
そこで本特許では、ベースとなる熱硬化性樹脂(ポリイミドなど)の架橋密度を最適化し、かつ引張強さが「60MPa(メガパスカル)以上」という高い強靭性を発揮する配合を突き止めました。
表1が示すように、強度が60MPa未満になってしまった比較例(No.3等)では、気泡が潰れやすく部分放電への耐性が不安定になります。気孔を設けつつも樹脂の骨格を極限まで強くすることで、モータ巻線時の強烈な引っ張りや摩擦にも耐えうる「強靭なスポンジ状の被膜」を完成させたのです。
この特許の最も秀逸な点は、「気泡を入れて誘電率を下げる(電気的特性の向上)」と「被膜の引張強さを維持する(機械的特性の維持)」という、完全にトレードオフの関係にある課題を、材料の分子設計レベルで最適解を見つけ出し突破したことです。製造工程の歩留まりと完成品の性能を両立させた、まさに素材メーカーの面目躍如たる技術です。
【効果】次世代モータの小型化・高出力化を根本から支える
この絶縁電線およびワニス技術により、自動車産業に以下のような大きな効果がもたらされます。
- モータの小型化・高出力化の実現: 被膜を厚くすることなく高電圧(インバータサージ)に耐えられるため、限られたスペースに電線を隙間なく巻き付けることができ、モータの小型・高出力化に直結します。
- 製造工程での歩留まり向上: 引張強さが高いため、過酷な自動巻線機による高速な曲げや擦れのダメージに耐え、被膜剥がれによる不良品の発生を大幅に抑えられます。
- HEV・EVの信頼性・寿命の向上: 部分放電による被膜の侵食(コロナ劣化)を長期間にわたって防ぐことができるため、車両の心臓部であるモータの寿命と信頼性が飛躍的に向上します。
電気自動車の性能は、バッテリーだけでなくモータの性能にも大きく依存します。見えない「気泡」の力でモータの限界を押し上げたこの技術は、大阪発明協会会長賞の受賞にふさわしい、電動化社会を根底から支える偉大なマテリアル・イノベーションです。
【補足】この記事で登場した技術キーワード
- 部分放電
- 高電圧が印加された絶縁体において、内部の空隙(ボイド)や表面などで局所的に発生する微小な放電現象です。持続的な発生は「コロナ劣化」と呼ばれる絶縁材料の化学的・物理的侵食を招き、最終的なショート(絶縁破壊)を引き起こす主要な原因となります。
- 比誘電率
- 真空の誘電率を 1 としたときの、物質の誘電率の比率です。絶縁被膜においては、比誘電率が低いほど電荷を溜めにくくなり、電線間での電界の集中を緩和できるため、部分放電が発生しにくくなる特性があります。固体材料の中に空気(比誘電率がほぼ 1)を閉じ込めることで、層全体の誘電率を下げる手法が一般的です。
- 引張強さ
- 材料を両端から引っ張った際に、破断するまでに耐えられる最大応力 σ = F/A のことです。素材に気孔(泡)を導入すると、実効的な断面積が減少するため一般に機械的強度は低下しますが、過酷な巻線加工(電線を曲げる、擦る)を伴う工業製品では、電気的特性とトレードオフの関係にあるこの強度をいかに維持するかが設計の鍵となります。
特許情報まとめ
| 発明の名称 | 絶縁電線及び絶縁層形成用ワニス |
|---|---|
| 特許番号 | 特許第6306220号 |
| 特許権者 | 住友電気工業株式会社、住友電工ウインテック株式会社 |
| 発明者 | 太田 慎弥、前田 修平、齋藤 秀明、菅原 潤、山内 雅晃、田村 康、吉田 健吾、古屋 雄大、畑中 悠史 |
| 出願日 | 平成28年10月25日 (2016.10.25) ※国際出願日 |
| 登録日 | 平成30年3月16日 (2018.3.16) |
| 受賞歴 | 令和7年度 近畿地方発明表彰 大阪発明協会会長賞 |
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