Patent Memo
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【食品・ライフスタイル】色移りしない!紀州技研工業の「錠剤用インクジェットインク」

食品・ライフスタイル 医療・バイオ 作成日: 2026.03.18
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今回ご紹介するのは、令和7年度 近畿地方発明表彰において「近畿経済産業局長賞」を受賞した、紀州技研工業株式会社の「錠剤用インクジェットインク(特許第7193895号)」です。

医療現場での誤飲防止やトレーサビリティの観点から、薬の錠剤そのものに製品名やバーコードを直接印刷する技術が普及しています。視認性を高めるためにはカラフルな「染料インク」が有効ですが、錠剤同士が擦れて色移りしてしまうという難点がありました。

本特許は、安全な可食性成分のみを使用しつつ、インクの成分配合を極限まで最適化することで、「色あせない」「色移りしない」「機械が詰まらない」という3つの要求を見事にクリアした、実用性の高い化学技術です。

【課題】「染料カラーインク」の弱点:色移りと色あせ

錠剤への印刷には、大きく分けて顔料インクと染料インクがあります。顔料は定着しやすいものの、カラーバリエーションを出すのが難しく、鮮やかな発色を求める場合は「食用染料」を用いたインクが適しています。

しかし、染料インクには致命的な弱点がありました。それは「耐光性」と「耐湿性」が低いこと、そして何より「定着性(耐転写性)」が悪いことです。

錠剤はボトルやPTP包装の中で互いに擦れ合います。その際、印刷された染料インクが別の錠剤に「色移り(転写)」してしまうと、製品としての価値が大きく損なわれます。かといって、定着させるために樹脂成分を多く入れすぎると、今度はインクジェットプリンタの極小ノズルが詰まってしまい、安定して印刷できなくなるというジレンマを抱えていました。

【解決策】「セラック」と「ポリビニルピロリドン」の絶妙な配合

紀州技研工業は、食用として認められている天然樹脂と水溶性ポリマーを特定の比率で組み合わせることで、相反する「定着性」と「吐出安定性」の壁を突破しました。

実施例の成分配合と評価結果(表1)
表1:実施例におけるインクの成分配合と評価結果。セラックとポリビニルピロリドンの比率が適切にコントロールされており、吐出安定性や定着性(耐転写性)のすべてにおいて高い性能(〇や◎)を示しています。(出典:特許第7193895号)

1. 塗膜を形成し定着性を高める天然樹脂「セラック」

色移りを防ぐための鍵となる成分が「セラック」です。これはラックカイガラムシが分泌する天然の樹脂で、食品の光沢剤などにも使われる安全な成分です。

インクにセラックを配合することで、錠剤の表面に印刷された後、アルコールや水分が蒸発すると同時に強固な「塗膜」を形成します。このバリア効果により、錠剤同士が擦れ合っても色が移らず、また光や湿気から染料を守る役割を果たします。

2. ノズル詰まりを防ぐ「ポリビニルピロリドン」

しかし、セラックだけではインクジェットのノズル内で乾燥した際に固まってしまい、吐出不良を引き起こします。そこで活躍するのが「ポリビニルピロリドン」という水溶性高分子です。

これを組み合わせることで、インク内の染料の溶解性を高く保ち、ノズル内でインクが乾燥しても再溶解しやすくなります。これにより、長時間の連続印刷や、印刷を一時停止した後の再開時(間欠吐出)でも、カスレや詰まりのない安定した印刷が可能になりました。

比較例の成分配合と評価結果(表2)
表2:比較例における成分配合と評価結果。配合比率が適正範囲外の場合、定着性が悪化して色移り(×)が発生したり、ノズルが詰まって吐出安定性が低下(×)することがわかります。(出典:特許第7193895号)
💡 技術のポイント:配合比率(重量比)の黄金比を発見

この特許の最も秀逸な点は、成分をただ混ぜただけでなく、「セラック/ポリビニルピロリドンの重量比が 1.3 ~ 12.1」という最適なバランスを導き出した点にあります。表2の「比較例のデータ」を見ると、ポリビニルピロリドンが多すぎると色移り(定着性×)が発生し、セラックが多すぎるとノズルが詰まる(連続吐出安定性×)ことがはっきりと示されています。水とアルコールの比率も含め、ミリグラム単位の緻密な調整が、高品質なインクを生み出しています。

【効果】安心・安全な医療を支えるカラー印字技術

この錠剤用インクジェットインクにより、医薬品の製造現場に以下のような大きな効果がもたらされます。

  • 錠剤同士の「色移り(転写)」を完全防止: 輸送中やボトル内での摩擦による汚れを防ぎ、医薬品の高い品質と美観を維持します。
  • 高速生産ラインでの安定稼働: 優れた吐出安定性により、ノズル詰まりによる機械の停止時間を減らし、生産効率を大幅に向上させます。
  • カラー化による医療安全の向上: 鮮やかで色あせないカラー印刷が可能になることで、錠剤の識別性が高まり、医療現場や患者の飲み間違い(医療過誤)を効果的に防ぎます。

安全な成分のみで構成しなければならないという厳しい制約の中で、工業製品としての「印刷適性」を高次元で実現した本特許。医療の安全を縁の下で支える技術として、近畿経済産業局長賞の受賞も納得の素晴らしい発明です。

【補足】この記事で登場した技術キーワード

インクジェット方式
微細な液滴をノズルから噴射して対象物に直接付着させる、非接触の印刷技術です。液体の粘度や表面張力を精密に制御することで、高速かつ正確な描画を可能にします。一方で、液体の乾燥によるノズル詰まりを防ぐためには、乾燥後でも再び液体に触れると溶ける「再溶解性」の確保が実用上の重要な課題となります。
定着性(耐転写性)
印刷されたインクが対象物の表面に留まり、摩擦などで剥がれたり他の場所へ移ったりしにくい性質のことです。インク内に含まれる樹脂成分(バインダー)が、溶剤の蒸発過程で強固な皮膜(塗膜)を形成することで、物理的な接触や湿気などの外部要因から色素を保護し、色移りを防ぐ物理的な障壁となります。
可食性樹脂
食品や医薬品の添加物として使用が認められている、人が口にしても安全な樹脂成分です。天然由来のセラック(ラックカイガラムシの分泌物)などが代表的であり、安全性と同時に、乾燥後に優れた光沢や防湿性、密着性を発揮する機能性材料として、錠剤のコーティングや印刷インクのバインダーに広く応用されます。

特許情報まとめ

発明の名称 錠剤用インクジェットインク
特許番号 特許第7193895号
特許権者 紀州技研工業株式会社
発明者 淺尾 啓輔、尾崎 智章
出願日 令和4年8月2日 (2022.8.2)
登録日 令和4年12月13日 (2022.12.13)
受賞歴 令和7年度 近畿地方発明表彰 近畿経済産業局長賞
※併せて「実施功績賞」を受賞
関連リンク Google Patentsで全文を読む
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